【ガンガジの語る自我と超自我】
ガンガジ(スピリチュアルティーチャー)
まずは、Wikipediaの「自我」より抜粋引用。
自我
自我は意識層の中心の機能である。またエスからの要求と超自我からの自己の規制を受け取り、感情を現実に適応させる機能である。
エス
Es(エス)は無意識層の中心の機能である。また感情、欲求、衝動をそのまま自我に伝える機能である。エスは視床下部のはたらきと関係があるとされた。
超自我
超自我は上の二つの層をまたいだ機能で、ルール、道徳観、倫理感、自己の規制を自我に伝える機能を持つ。この機能がエスや自我を強く押し付けているとき、自我がエスの要求を通すことができずに防衛機制を働かせることがある。超自我は前頭葉のはたらきと関係があるとされ、現在でもそれは妥当と考えられる。
さて、ガンガジによる自我と超自我について。
自我もその発展形である超自我も、素晴らしいものです。そこには本質的に何の問題もありません。(中略)問題が生じるのは、これらがあなたの注意と生命力を独占してしまうときです。そうなるとあなたは、人生を自然にかつありのままに経験することができなくなり、自分の中で繰り広げられる戦いばかりに注意が注がれるようになってしまいます。「私はこうだ」と定義する声と、それに対する、「お前はもっとこうあるべきだ」という声の対立です。
相手を排除したがっているのは超自我だけです。自我の排除は究極のコントロールです。争いたがっているのは超自我だけなのです。そしてこうした闘争的な思考は、私たち一人ひとりの世界だけでなく、集団としての私たちの世界にも反映されています。
超自我の存在に気づいたとき、もう一つ面白いのは、もしも超自我と自我が闘えば、必ず超自我が勝つ、ということです。なぜなら超自我には「神」が味方についており、必ず勝つようにできているからです。超自我は権威者です。どんなちっぽけな議論を自我が仕掛けようと、超自我が勝ち、それでおしまいです。
超自我の戦略の核にあるのは賞罰です。原始的ですが、効果があります。あなたは、自分が自分自身に対して、またほかの人に対して、いかに賞罰のルールに基づいた口のきき方をしているか、気づく必要があります。さもないと、「私は権威者であり、何が正しく、何が間違っているかを知っている」と主張する、この超自我と呼ばれる思考形態は、無意識に機能し続けるでしょう。
「ポケットの中のダイヤモンド―あなたはすべてをもっている 」より。
>> 次ページへ |