体験からつながる

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自分らしさb

私は、教育・自己啓発・精神世界系の書籍を読むことが多いのですが、そのいずれの領域においても、共通して訴えられているのは、「体験」は「自分らしさ」を発見するのに、極めて有効である、ということ。

一例として、「ほめる、叱る、言葉をかける自己肯定感の育て方」より。

(P.42)
脳に複雑なネットワークを構築するには、体験することがよいと考えられています。

(P.42)
例外的な子どももいますが、ほとんどの子どもは小さいときにいろいろな物事を教え込まれると、あるところから伸びていかなくなります。むしろ、体験を積んだ子どもの方が結果的にはよく伸びています。


幼児の頃から、英才教育をすすんで受けさせるご家庭を見聞きしますが、確固たる信念がないならば、あえて手を出さない方がいいのかもしれませんね。

その時点においては、賢い子どもになっていくように見えるかもしれませんが、コトは、脳のネットワーク構築にまで及ぶ話です。

私は、「その人が豊かに伸びていく、ということは、その人のなかにある“宝”に、その人自身がコネクトできている状態」だと考えています。もちろん、“宝”とは、「自分らしさ」です。

体験を積むことで、人は「自分らしさ」とのパイプを、太く、強固にすることができるのではないでしょうか。ここでいう「自分らしさ」とは、性格や気質・個性面に限定せず、属人的な技能や能力を含めています。


アマゾン、森の精霊からの声」という本があります。

なかに、日本人である著者が、アマゾンのインディオの子どもたちに、折り紙を教えるシーンがあります。

彼女は、「まずはサンプルを作ってから説明した方がよかろう」と思い、あらかじめ一羽の鶴を折ります。

「さあ、折り方の説明を始めよう」と思ったところ、子どものうち3人くらいは、説明するまでもなく、さっさと鶴を折ってしまったといいます。

日本では、「子どものため」という考えに基づき、小さな頃から、あれやこれやと教えたり、習い事に通わせたりしますが、そういった教育は、本当に子どものためになっているのか、そのように書かれていました。

電気も水道もない地域で暮らすアマゾンの子どもたちには、日本の子どもたちのような、教科書的あるいは、あらかじめ体系の準備された知識はありません。しかし、日々蓄積される「体験」は、日本の子どもに比較すると、とても多く、深いのだと思います。

>> 「知識」の無意味さ