アマゾンの育児

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自分らしさg

アマゾン、インディオからの伝言」という本があります。

アマゾンというと、原始的社会である「未開地」を思い浮かべるかもしれません。しかし、同書の描写をみると、日本の社会、日本の親子、日本の子育てにはない、「個」の確立の文化があります。「個」の確立と書きましたが、互いの個性を認め、競争せず、信頼の絆をもって共存していくコミュニティのあり方です。

(P.182)
私達の社会に比べて、インディオ社会は自己の成長一つとっても、本来の人間として理にかなっている。産まれた赤ちゃんは二ヶ月間、お母さんと二人っきりの時間を過ごす。家の一隅を二人のために設け、母親の食事は家族が協力して運び、お母さんは育児に専念する。赤ちゃんは、安心して母親のぬくもりを覚え、二ヵ月後には今度は集落全部で部族の子として皆が愛情を注ぐ。色々な人たちのスキンシップが充分にあるので人見知りやヒステリーで泣いたりせずに、どのインディオの赤ちゃんものんびりしていてよく笑う。二歳くらいになったら、子供たちだけの世界でたくさんのことを学ぶ。年長者は十歳くらいで、行動範囲のジャングルでいかに遊ぶか等を下の子に教える。大人たちは口を出さずに遠巻きで見守っている。ある歳が来たら男女共、大人になるための厳しい通過儀式を一人で迎え、自己と対面するが、正しい道のりを踏んできたので、ほとんどの人は個のあり方を体得する。変な競争もせずに、お互いの個性をうまい具合いに生かし認めている。


ここで取り上げられているメイナク族においては、「自然」「幸せ」という言葉がないそうです。アマゾン以外の自然環境、不幸せという感覚も分からないとか。また階級、差別がなく、それぞれが生きる環境を認め犯さず、調和して心の平穏が日々続く社会には、「平和」という言葉がない。二極、あるいは対比によって成立する概念のなかでも、「幸せ」「不幸せ」がないというのは、実に「幸せ」なことです。

翻って日本については、このように書かれています。

(P.180〜181)
個を育てていく大切な幼児期から思春期の間、日本社会はむしろ個をつぶす力の方が強い。さまざまな理由で、子どもは母親の匂いや温かさを知らずに育つケースもあるが、小学校に通う頃には、本人が望む場合は別として大方は、親の思考で習い事や塾に明け暮れる。親はあたりを見比べ、常識という範囲内からはみ出すような行動を子どもが起こせば制す。(中略)とかく、日本の親は自分の子どもを私物化し、個の成長を見守ることより、『世間の価値という物差し』で計り、そこに子どもをはめ込んでいく場合が多いように感じる。


私が同書を読んで思うのは、アマゾンの社会にも掟やルールがあり、ひょっとしたら、それらは日本でいう「常識」や「世間からの目」よりも厳しい枠組みで、背くと命を落とすようなものなのかもしれない、しかし、その枠組みや共通のルールは「自然」や「他者」との共存において、必要不可欠なものであるため周知徹底され、その枠組みによって確保された穏やかさのなかに、個を尊重する態度、温かな母子関係、子どもとコミュニティの絆の強さといったものが育っているのではないか、ということです。

同書の続編「アマゾン、森の精霊からの声」には、こんなくだりがあります。

(P.101)
ある時インディオのお母さんに、子どもの教育について尋ねた。
「私が生んだ子は、望んでここに来たので、私のものではありません。この子はどう生きていくかを既に知っていてここに来ました。だから何も心配することはないのです。私は森の掟を守ることだけを伝えるだけです」と答えた。
インディオの子どもは自立心が強く、本来の子どもの姿を持ち、そして逞しくて可愛い。


子どもは、自分たちが望み、子どもが同意して生まれてくると、アマゾンでは考えられているので、どんな子どもであっても引き受けるのだそうです。一例で言えば、障害者が差別されることはなく、ひとつの個性として尊重され、コミュニティで共に穏やかに暮らしているとか。

何もかもが便利で、それが当然のことと考えられ、何かが上手くいかないとイライラして不機嫌になる日本での暮らしと違い、アマゾンの自然の暮らしは不便極まりなく、とても過酷であるそうです。そういった環境の違いも、そこで暮らす人間の「おごり高ぶり度」と関係があるのでしょう。

ちなみに、アマゾンのインディオ社会には、お金、地位、名誉、文字はないそうです。さらに電気、ガス、水道もないけれど、殺人、自殺、いじめや差別、アトピー、ノイローゼはみられないというのですから、人間、どんな文化で暮らすのが幸せなんだか分かりませんね。子どもの死亡率は高めであるが、人々は総じて健康で、寝たきり老人、白髪・禿げもほとんどいないと書かれています。老人は、死ぬまで現役で、若者や子どもに知恵を授け続ける。そして夕方、少し具合が悪いかな、といった様子になって亡くなることが多いようです。

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