「自己肯定感」を考える

ひまわり

生きていくうえで、「自己肯定」「自己否定」、どちらが必要、あるいは大切と、みなさんは思いますか?

思想や宗教によっては、「『自分』という、小さな殻を破るには、自己否定が必要だ」と言います。その一方で、心のなかに空虚さを抱え、自分を嫌い、自分を否定し、出口のない闇へと落ち込んでしまう人がいます。

「不安のなかで生きる人たちには、『自己肯定感』が不足している」「自分を愛することで、人生は豊かになる」と、言われたところで、さあ、どうやって、自分を愛したらいいんでしょうか?肯定したらいいんでしょう?

このパートでは、「自己肯定感」をキーワードに、子どもや人間の発達段階に応じた「肯定感」、社会問題や病理について考えていきます。

「自己肯定感」という視点

自己肯定a

「自己肯定感」という言葉は、今でこそ、私の心に響きますが、以前はピンときませんでした。

理由は簡単で、「自分を嫌い、否定している自分」に、まったく気づいていなかったからです。

なので「自己肯定」と言われても、「私は十分に自分のことが好きで、自分を肯定して生きている」と、思い込んでいました。嘘をついている自覚など、ありません。

鬱状態の人、自殺願望者、そういった人たちが「自己肯定」できず、自分嫌いであろうことは、容易に想像できます。

その一方で、世の中には、自信にあふれた人、不自由なく恵まれた生活を送る人、一言でいえば「成功しているように見える人たち」がいます。私自身はさておき、そういった方たちのなかにも、「自己肯定」できない人が少なくないことなど、知るよしもありませんでした。

「自己肯定感」があるかないか、どの程度あるのかは、とても無自覚な領域であり、第三者が傍から見ていても分かりづらいことです。

しかし、少しずつ「自己肯定感」の何たるかを自覚できるようになっていくと、他人の外見的な要素に惑わされず、その人が「自己肯定的な人」なのか、「自己肯定の隠れた部分に、自分への否定(自分嫌い)が存在する人」なのかが、よく分かるようになっていきます。

まずは、幼児期において、「自己肯定感」がどのように醸成されていくのか、それを考えてみたいと思います。

>> 自分に対するマイナスイメージ