「創造性の発揮」が究極の課題

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自己肯定k

コンシャス・リビング―人生はもっと美しく豊かになる 」は、自己尊重の究極の課題は、「創造性の発揮」であると述べています。

自己尊重のパラドックス」で紹介したように、ゲイ・ヘンドリックスが、自己尊重を獲得するプロセスにおいてマスターされるべきとしたのは、 以下の6つでした。

*自分自身を無条件で愛すること
*言行を一致させて正直に生きること
*本質とペルソナ(社会的仮面)を区別すること
*恐れを解決すること
*創造性を発揮すること
*感情を読み取る能力を高めること

「創造性を充分に発揮していれば、私たちは自分に満足します。創造力を発揮していなければ、満足は得られません。この問題こそ自己尊重について解決すべき究極の問題だと私は考えます。自分を無条件に愛せるようになり、言行一致の問題をクリアーし、本質とペルソナとを区別でき、恐怖に取り組む技術を学びとった後で、ようやく私たちは自分の能力を最大限に発揮するという課題に取り組みます。要するに、これが究極の課題なのです」(P.210)

同書が言っているのは、「創造性の発揮」とは、何の条件付けもない状態の人間にとっては難しいことではないが、大抵の人間には、多くの条件付けがくっついているため、それらを外さない限り、真の創造性は発揮できない。ゆえに、人生に満足していない人々で、この世は溢れかえっているのだ、ということではないかと、私は思います。

自己評価が低く、自分の成功を受け入れ難い人たち(私にもそういう面が残されています)は、自分が「創造性を発揮できないように」、自分の前にわざわざ障壁を作り出します。あるいは、「創造性の発揮」の障害となっている問題を直視しないで済むように、問題を摩り替えたり、他のことに気を散らします。

とにかく「創造性を発揮」してしまえば、自分が内面に抱えている問題もどこかに行ってしまう、という考え方もあるかもしれません。例えば、社会の鼻つまみ者だった不良少年が、ロックスターになり、若者のヒーローとなり、最終的には社会派のオピニオンリーダーや慈善家になるケース。ただし、著者の文脈をみると、限られた人を除き、「創造性の発揮」とは、自己尊重を獲得するプロセスで、あくまでも他のテーマをクリアーしてから、実現するもののようです。

>> 体育会的自己肯定