「人間関係」の失敗
トップ > 「自己肯定感」を考える (記事一覧) > 「人間関係」の失敗
 |
私を含め、人間の多くは、永く続く状態や関係を、「成功」とみなす傾向があります。たとえば、夭折するよりは、長寿の人の方が、恵まれた人生だったと考える傾向にあるし、すぐに離婚するよりは、金婚式を無事迎えることのできた夫婦の方が、「関係性」において成功したと思いがち。
果たして本当にそうであるか、を問い直しているのが、「ライフ・レッスン 」の「人間関係のレッスン」という章です。
「死を敗北とみてしまうように、わたしたちは永続しなかった関係を敗北とみてしまいがちだ。成功した人生とは95年も生きた人生だとかんがえるように、成功した関係は永続する関係のことだとかんがえてしまう。ところが現実には、たとえ半年しかつづかなくても成功し、たがいを癒しあう関係というものは存在する。そして、たがいに相手を必要としなくなったとき、関係は完結し、かつ成功したのだ。」 (P.106〜107)
この「『人間関係』の失敗」という記事を、「『自己肯定感』を考える(記事一覧)」というテーマに分類したのは、一見、上手くいかなかった過去の関係にとらわれて、自己肯定感をもつことができない人が多いのではないか、と思ったためです。
離婚経験者、結婚という形をとらなかったパートナーとの別れ、若くしてこの世を去った親・兄弟や子ども、そして配偶者。
「あのとき、ああしていれば」であるとか、「もっとよい選択があったのではないか」とか、過去への罪悪感・自責の念を、感じるのは仕方のないことであるとしても、それらは、もつに値する感覚なのでしょうか。そもそも、「罪悪感・自責の念をもつに値する」とか「値しない」とかの問題ではなく、本当に私たちは「人間関係」において失敗をしてきたのか、そこを考えてみる必要がありそうです。
誰とも不調和を起こすことなく、和気藹々とした関係性を維持できるのが、素晴らしい人のように感じますが(そういう人は、実際には存在しません)、同書の著者たち(終末医療の臨床現場に携わる精神科医 & スペシャリスト) が述べているのは、人間関係が悪い結果に終わったように見えていても、そこに含まれている“癒しのプログラム”は確実に機能していく、ということのようです。
上手くいかなかったように見えても、そこには気づきがあり、過去に自身が受けていた癒されるべき傷(パターン)の所在が浮かび上がり、それに取り組む機会が与えられ、癒され、その後のその人が自分らしく豊かになっていく…。
したがって、その時点においては上手くいかなかった人間関係も、「自己肯定」への道につながる礎である、といえるでしょう。
「将来に対するイメージ、こうあるべきだという幻想、そして戦略や備忘録を手放したとき、愛は自然のあるべきかたちをとってくる。愛はわたしたちのおもうところには行かず、愛自身が生きたいところに行くものである。」(P.106)
>> 「罪悪感」との和解
|