「個」の確立を阻むもの
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「日本人は集団主義であり、個を確立していない」とはよく言われることです。日本文化の他者志向、市民意識の欠如など、指摘される側面にもいろいろあります。「日本人をやめる方法 」を読んでいて、今まで私が考えもしなかった視点を得ました。
「そこに深い根を張っているのは、日本人の無意識を縛る『籍意識』ではないかと思う。私たちは小さいときから『戸籍』というネットワークの中にとらえこまれて育つ」(P.40)
日本のような戸籍制度は、世界に珍しいといいます。中国や、もと日本の植民地である韓国や台湾には、似たような制度があるけれど、「地球上で戸籍をもとにして国家が成り立っている社会は、とても珍しい存在なのである」。戸籍どころか、住民票もない国は珍しくないとか。
日本の文化は、いろんなことを「家」中心に考えるとも言いますが、「家」とは、目に見えない「無意識の縛り」であり、それを成立させている立役者が「戸籍」という制度ではないでしょうか。
したがって、欧米の人たちに、「戸籍」という制度、またその影響を受けている「日本特有の文化」を説明しても、なかなか理解してもらえないのだそうです。
この「戸籍」が影響を及ぼしている事柄には、次のようなものがあるといいます。
*アメリカやオーストラリアでは、本人と出生地のコミュニティとのつながりを重視するが、日本は血のつながりを重視する「血統主義」である。
*日本における戸籍は、入学・就職といった人生の重要なポイントで提出を求められるものであり、そこには家族全体の冠婚葬祭に関する多様なデータが収められている。家族の事情によって、差別する/されるポテンシャルをもっている。
つまり、個人が、自分自身の人生の事柄を、自分の意思で選択しようとしても、常に「血のつながり」や「顔も見たこともない先祖たちが、どのような婚姻関係を結んできたか」の影響下にある、ということです。
どれだけ「個」を確立しようとしても、確立させまいとする「目に見えないベクトル」が、社会のなかに存在しているのではないでしょうか。
ゆえに、大人が、子どもを自分たちとは違った人格、能力、志向をもった独立した存在として身守ることができず、「親の所有物」であるかのようにみなす傾向、子どもを「自分の好みや価値観」に沿った人物の鋳型にはめ込もうとする傾向が現れます。
ある意味では、血族や姻戚の「まとまり感」というか、「結束力」が強いわけですが、それが「心地良い共生」に貢献するかというとそうではなく、むしろ「拘束」に近い状態なのかもしれません。
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