「日本人自己主義説」

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「日本人自己主義説」というのは、 「日本人をやめる方法」において、著者が、よくある日本礼賛論の命題の逆を取り、それらを検証するにあたって用意した言葉です。

それら(「日本人は自己主義である」という命題の論拠)のなかで、面白いなあ、と思った視点をご紹介します。

<食器>
茶碗、湯のみ、箸、場合によっては使うタオルなど、家庭内で各人それぞれ決まっているということは欧米ではなく、日本はモノの使用に関して「自己主義的」である。

<娯楽>
日本人の娯楽は、「パチンコ」「カラオケ」など、「自己主義的」なものが多い。欧米の娯楽は、チーム作業に依存した集団主義的なものが多い。

<街頭>
朝夕のラッシュ時の電車やバスで席の奪い合い、深夜、タクシー乗り場にダッシュする姿、日本人がどれだけ非集団主義であり、「和」を重んじていないかが分かる姿である。

<写真>
日本人の写真好きは、日本人の記録主義を示している。しかも、「コアラと私」「パリの私」というように、「私」がつぎつぎ登場する日本人のアルバムは、自己主義の産物である。

著者の分析によれば、「自己主義」には二種類あり、ひとつは権力に対峙してその浸透に立ち向かいながら、個人の人間としての権利を主張する立場(人権主義)。もうひとつは、権力の制御を受け入れて、各個人がみずからの利害の最大化に努めるという立場(利己主義)。日本人の自己主義には、利己主義の例が多く、人権主義はほとんどみられないそうです。

さらに「自己主義」に対するものとしての「連帯主義」を考えてみると、権力に対抗するために個人が手を結ぶ合作主義、権力の目標を達成するために、個人がグループに組み込まれていく集団主義があり、「日本の集団主義」とは後者であると指摘しています。

上で紹介したような日本人の自己主義の例には、権力の制御を受け入れながら、個人が利害増大に努めるケースが多く、日本人の自己志向が利己主義的なものであるため、日本人が集団を作るときには、集団主義的になる、ということのようです。

最後のロジックは、なかなか難しいですね。確かに、何がしかの自己利益を得るために集団に属する、という行動パターンは、日本でよく見られるし、集団の活動コンセプトに賛同したというよりは、別の目的で集団に身を置こうとする下心も散見されます。では欧米諸国には、そういったパターンが見られないのか、となると、疑問に思うところもあります。

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